テレビ

区切り線

テレビを買う人が信じられないのである。
10万から、下手すると50万くらい出して、手に入れたもの
は要するに広告である。普通に生活をしていれば足りるを知る
のに、要するに買え買えと訴えてくる。あれも買わないといけ
ないこれも買わないといけない気分になるために、要するに無
駄にお金を払うために、わざわざお金を払っているのである。
特に、テレビでテレビのCMを見せられるのは、失笑を通り越
して戦慄である。新しいテレビを買うために、テレビを買って
CMを購入しているわけだ。

僕もYouTubeであとから見たのだが、
すこし前に、某NHKというところが、裸に見える衣装で出演
した音楽性のかけらもない団体の放映をしたらしい。それに対
してずいぶんと抗議があったそうなのだが、嫌なら見なければ
いいのである。子供も見ているのに、とか頓珍漢なことを言っ
ている人もいたのだが、22時台に子供を起こしておくこと自
体が間違っているし、22時台に起きてテレビを見ている子供
といえば、もう10歳も過ぎた頃だろう。裸を問題視する以前
に、そのトシになったら、どっかで子供作ってきたり、体
売ってたりしないかどうかを心配した方がいい。今の世の中の
現実はそういうものである。

で、子供の見ているゴールデンアワーのテレビ番組はそんなに
まともなのか。裸はおろか、行為まで放映してたりしないだろ
うか。

でもって、二言目には、あれができれば100万円とか、何で
もカネ。精神の自由というものは、ある程度金銭的に満たされ
て、おカネというものからフリーになることからはじまる。カ
ネカネ言ってるうちは永久に幸せになれない。あのテレビ番
組ってやつは、要するに人民に対して不幸を擦り付けるための
装置なんだ。そもそもみっともないし、それも、視聴者がもら
えるわけじゃないだろ。どうせやらせのテレビ局だから、実際
に金銭の授受が行われているかどうかだって怪しいもんだ。

世の中には、骨董っていうちょっと歪んだアートがあるんだ
けど、ある長寿な番組にさ、芸術を金銭で値踏みして、芸術
がすばらしいかどうかよりも、値付けがいくらかで一喜一憂
する番組があるんだが、あれなんか一番みっともない例だ。
でもってさ、セレブの豪邸とか、もっと意味不明な芸人のお
宅拝見とかいって、バブルの綱渡りでいつ手放すかわからん
ような家を見せられるわけだが、まあせいぜい妬みと羨望く
らいしか生み出さんだろう。あなたの家だって、蛇口ひねれ
ば水は出るだろ。でも、世界中見回すと、蛇口ひねって水が
出てくる国の方が珍しいんだ。医者に体重落とさないといけ
ないと言われるほど毎日食事ができる家庭が、上だけ見て羨
ましがるわけだ。僕のとこはそれこそ1日2食食えるかどう
かわからんほどだったからさ、ちゃんと食えてちゃんとアク
ティブに生活できればさ、なんかブロイラーと馬車馬のあい
のこで自分のための時間も持てないような高所得者の生活な
んか見ようとも思わないし、そもそも自分がよりよく生きる
ために必死で人の生活を見るような余裕なんかないよ。

で、お金がなくなると、1ヶ月で1万円生活がはじまるわけ
なんだ。1万円でもウケないとなると今度は無人島暮らしに
なるんだが、そこには栄養学的見地もなければ、より豊かな
生活の提案もない。ただカネの話ばかり。カネの話なんか、
職場で散々できるだろう。

じゃあ、ニュースはまともか。ニュースなんか、嘘と偏見で
作り上げられたエンターテイメントに過ぎない。自分たちが
正義であるような顔をして、視聴者が好みそうな不幸を喜ん
で垂れ流し、ジャーナリズムのつもりになってるだけだ。は
じめから内容にバイアスがかかって、ある日悲惨な飲酒事故
がおきれば、その日を境に飲酒事故は増える。飽きられる頃
には飲酒事故は減る。でも、世間では毎日20人づつ事故の
犠牲になっているということは、決して報道されることはな
い。

そもそも、バーチャルな体験は、本物ではないのである。実
際に目で見て手で触れてみないものは、みんな嘘である。山
のビデオの100本よりも、現地で自分で歩いた1回の山行
の方が貴重であり、自分で経験できないほどのバーチャルを
手に入れる必要はないのである。
テレビを見ても、何ら本物のエクスペリエンスを生み出すこ
とはない。人間は本物の体験によってのみ生きる力を得る。
茶の間で座ってテレビばかり見ていれば、どんどん生きる力
というものを失うのは必定で、そんなことをやっているから
早々に認知症になるのである(これは仮説)そして、今時の
子供の運動能力の低下にもテレビが1枚噛んでいる。

少なくとも、テレビの視聴時間と、体形との間には明確な相
関関係があることが明らかになっている。ちゃんと最後まで
健康で生きるつもりであれば、テレビなんか見てないで自分
の生きる価値を見つけるべきなのだ。そして、夫婦の会話を
奪うのもテレビだといえる。

人生は長いようで短い。心身ともに充実して自分のために使
える時間がある期間は、大学を出て、まあいいところ10年
だろう。年間50日休みがある人なら500日。これが、一
生で本当に自由に自分のために使える時間である。500日
の一滴も無駄にするような生き方をすれば、人生の最後が見
えたときに、きっと後悔すること請け合いである。

僕は、子供にはテレビやゲームというものを与えたくない。
テレビもゲームも、おそらく子供の人生には何の価値を持つ
こともなく、テレビ脳やゲーム脳を作るだけである。

(2006.10.5)
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最終更新日:
yamanobori.net - www.yamanobori.net

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