見られること

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ぶつけることには抵抗があっても、ぶつけられることに対して は無防備な人が多すぎる。というか、公道上の車の9割以上は、 ぶつけられることに対して丸腰状態で走っている、と考えてい いだろう。

しかしながら、ぶつけられると、面倒臭い。非常に面倒臭い。 警察を呼んで事故処理という手順を踏めば、まずその日の予定 はパーになる。で、その後保険屋と交渉したり、修理屋に車を 入れたり、事故の規模によっては後日警察へ行って調書取られ て、ハンコ押さないといけなくなる、そのような金銭に替えが たい、しかも保険では担保されない雑多な作業を、しなければ いけないという理解がどうも公道上を走っている大方の人の頭 には存在しないのではないか。

僕は、追突事故の5割は、追突される側が気をつけることによ り防げるだろう、と信じている。で、ここ50万キロで、追突 されたのは3回。1回は公道上とは言えない場所だったので ノーカウントとして、1回は僕の後ろの1ボックス車の、その また後ろから酔っ払いにノーブレーキでつっこまれた。見えて いれば軽く避けられたのだが、後ろが大きい車で死角になって いたのでこれは避けきれない。とはいえ、この事故は今のウデ であれば避けられたかもしれないと思っている。
もう1回は、国会議事堂の裏で右折待ち中だった。これはどう にもならん事故だった、と信じている。

およそ公道上で、自走不能な規模の事故は10万キロに1度起 こる、と言われている。日本が単位走行距離あたりの事故件数 が突出して多い国であることと、運転適性のないトンマが公道 上を走っていることを考慮すれば、だいたい30万キロ〜40 万キロに1度事故を起こせば十分、ということで、だいたいこ の勘定でいくと、一生に1度事故を起こすか起こさないか、と いう計算になる。2度目があったら、相当ヘタだと自覚した方 がいい。
僕は50万キロで2回。決してうまい部類には入らないだろ う。尤も、僕はぶつけられたほうも含めて、免許とってから 2枚以上の外装部品を一時に傷つけたことはない。

ぶつけられることを防ぐためのイロハのイは、見られることで ある。当たり前である。余程の精神異常者でもない限り見える 危険は回避するだろう。見えない危険には無防備につっこんで くるのがおおかたの公道を走ってる車の技術水準だ。
要するに、他の車から見えるような運転をするのは、運転技術 の最も基礎的な技術である、と言えるだろう。

たとえば、夜間の信号待ちで前車に追従して停車するとき、あ なたの車は前の車のバックミラーに映っているだろうか。あな たの車のボディカラーが白で、なおかつ周囲が繁華街並みの明 るさであれば、車のボディがバックミラーに映りこめば前の車 からバックミラーと汚れたリアウィンドウごしにあなたの車を 確認することは可能だろう。そうでもない限りは、ヘッドライ トだけが唯一自分の車を視認してもらうための術である。あな たの車のヘッドライトが前の車のバックミラーに映らない限り は、あなたの車は前の車からは見えない。
後方の死角は、車によって違う。ミニバンの類は後方の死角が 大きいから、ミニバンの後ろについたときは前の車との車間を あけておかなくては前の車のバックミラーに自分の車は映らな い。車高の低いセダンであればもう少し車間は詰められる。
ではアルミバンのトラックの場合はどうすればいいか。1度決 めた車間距離を、詰めなくてはいけないような状況が発生した 場合はどうか。自分で考えてくれ。

後続車がやたら車間を詰めてくる場合は、とにかく先に後続車 を止めさせておいて、あとは自分の車を少し前へ進めてやれば いい。しかし、後続車がご丁寧に一旦あけた車間を詰めてくれ る人であったり、後続車が停車するたびにライトを消すような トンマではこの方法も無効である。自分で、後ろには見えない 車がいるんだと言い聞かせて、忘れないように神経を研ぎ澄ま せておくしか手段はない。

そういったことを考えて、ふとあたりを見回してみると、一般 ドライバーはもとより職業ドライバーでさえ運転技術なんかム チャクチャだということが、よくわかることだろう。
(2005.12.11)
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