アスリートのKi・Mo・Chi(はぁ〜と)

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・・・・って、気色悪いタイトルだ。

私、

フルマラソンを走りきっちゃう人とか、それでも足りなくて、トライアスロンとかしちゃう人の気持ち、凄くよくわかります。

まず、自慢から入りますと、私、高校入って、最初の試験で、学年トップ(1位)をかまして、奨学生に推薦されました。中学高校と、万事がその調子で、だいたいがして図書室に行けばわっきーはみつけられる、という位、ずーっと図書室にいりびたりだったし、文芸部とかからもわざわざ勧誘がくる位有名人だったんですね。
さて、ここからが本題なのですが、だいたいこういう人、まあ、希にいますが、(さすがに生徒会はやらなかったけど)毎年学級委員をやって、先生から愛される優等生、というのは、えてして体育の成績だけは絶望的なものです。で、わっきーも、その例外にもれず、体育の成績は絶望的。
どの位絶望的かと言うと、1500m走、って、ありますよね。新学期最初の体力測定で走らされるやつ。さすがに歩く、まではいきませんが、ほとんどペースとしては「歩いている」に近い状態。かろうじて7分50秒台を出す状態で、だいたい400mトラックで、半分位の人が追い越していく周回遅れ。後ろにいるのは、まあ、ビリではなかったけど、2〜3人、という体力水準でした。懸垂とかは人並み以上にできたし、決して病弱ではなかったんだけど、やっぱり体力的にはイマイチでした。

で、当然ですが、この頃は、「走るなんてとんでもない」と、思っていたんです。まあ、人には向き不向きもあるし、一生走れなくてもいいかな、という気持ちもありました。当然、高校時代は体育はおちこぼれ。水泳だけは得意だったんで、かろうじて2学期は実力で3を取れたのですが、2をつけたかったんだろうなあ(笑)

で、大学へ入って、なのですが、ひょんなことから合唱団に入りまして、合唱団って、体育会系ではないけれども、事実上体育会系なんです。要するに、運動「能力」は要求されないけど、きちっと運動させられる。うちではランニングはありませんでしたが、合宿で2〜3人ぶっ倒れるのは当たり前、という位、特に腹筋背筋は鍛えていました。その、倒れるメンバーの中に私は入っていたのですが、それはさておき、はじめから「運動能力が要求」されるのなら、多分やめていたと思うんですよね。運動能力は絶望的だったのですから。能力は不問、ただ、しっかり運動してもらいます、ということで、わっきーは適当に馴染んで、それなりに運動しました。
それから、大学入って、スキーに通ったんです。小学校の時代から、年に何回か、というレベルですが、スキーに行っていたんで、大学時代はずいぶんスキーに通いました。多い年は年間35日は滑走していました。
その他に、大学時代、ずいぶん資格を取ったのですが、夏場の勉強場所はプールサイド。必死になって本を読んで、飽きると水に浸かって泳ぐ、というのを繰り返していました。
そんなこんなで過ごした大学時代。ふと気づいたら、あれ、回りより体力あるじゃ〜〜ないですか。そう、高校時代は体育劣等生で過ごして、体育の時間、というと苦痛だったのが、いつの間にか人並み以上に体力があるらしい。このあたりから、運動に対する見方が変わりましたね。
合唱団員の1人に、毎年ホノルルマラソンにチャレンジしている人がいるのですが、すっごい醒めた目で見てました。なんでそんな苦しいことするんだろうって。

あるとき、登山をはじめました。登山って、非常に特異な運動で、時間あたりのエネルギー消費量は大したことないんです。だから、大してキツくない。でも、その時間が、ときに8時間以上に及ぶことがあり、トータルでは、水泳やランニングより「1桁」多いエネルギー消費量(倍とか、そういうオーダーではない。1桁である)に達するんです。ほとんど瞬発力が必要ない代わりに、持久力だけは半端で済まない。
山のぼっていても辛くはないのですが、でも、持久力は確実につくんです。で、山のぼっているうちに体力がついて、じゃあ、富士山に登ってみようということで、トレーニング。このとき、週2回ながら、8kmづつ走ったんです。最初は4km位からはじまったのですが、だんだんと距離が伸びて、8kmでも平気になりました。この年はかなり辛かったですが、まあ、今まで運動していなかったから仕方ない、ということで、ちょっと苦しさを我慢して頑張りました。

で、今年。
今年は、ムチャクチャです。6月に山小屋を下りて以来、運動量は日増しに高まるばかりです。体調は、猛烈に良いです。生涯で最も健康的です。
水泳と、ランニングをこなしているのですが、水泳の方は、毎日5キロ。一応休憩が入るので2500m(50往復)×2、ですが、およそ50分弱×2、泳ぎっぱなし。1度もプールの底に足はつけません。1時間30分で5キロ、という話をしたら、高校の500mの記録に近いペース、という話を伺いました。要するに、そういうペースです。
ランニングの方は、泳がなかった日、もしくは、運動不足(!)を感じた日に走っています。およそ10キロ、約50分間です。

何がムチャクチャかって、5キロ泳ぎながら、運動不足を感じるんです。一般的な人なら、プールいって、1キロ泳げば、まあ良く泳いだほうでしょう。だいたい次の日は筋肉痛で動けないと思います。それが、「連続なら」という条件つきで、5キロ、泳げてしまうんです。それも軽々と。

だいたい、普通の人だと、連続で300m位泳いだところで、デッドポイントがやってきます。このへんで苦しさを感じて、そこでおしまい、というのが、一般的でしょう。と、いうか、私も昨年は、最初の25mと、折り返して25mとでペースが明らかに違っていました。簡単に言うと、50m泳ぐのが辛かった。
それが、今年は、ないんです。辛い時間が。自分でも気持ち悪いくらい。
そこそこのペース(遅いクロールを大外から追い越す位。まず女性とは勝負にならない)で泳いで、まあ、300mあたりではあまり良くありませんが、だいたい500m泳いだあたりから、「もう何キロでも泳げる」というようなところが、くるんです。エネルギー供給と酸素供給が、エネルギー需要と酸素需要に追いついてしまうと、本当に何キロでも泳げる気になります。辛さ、とか、苦しさ、そういうのは一切感じなくて、ただ、ゆったりと体が動いて、ただゆったりと時間が過ぎていく。本当に、ほんと〜〜〜〜〜〜に苦しくないんです。散歩しているのと、いささかも違わないんです。と、いうよりも、運動を続けていると、幸せな気分になるんです。1キロを過ぎるあたりから、日常生活では感じられない幸せを感じるんです。

要するに、辛いのは、最初の300mだけで、あとは、エネルギー供給が続く限り、500mだろうと、1キロだろうと6キロだろうと、まあ、私は試したことはありませんが、10キロでも、いくらでもいけるんです。というか、そこで体がつりあっちゃっているから、運動を中止するよりも、そのまま運動していた方が楽だし、それに、いけばいくほど、「いい運動した〜〜」という感覚がなくなっちゃう。確かに運動はしているはずなのに、プールからあがっても、1日の汗が落ちた、くらいの感覚しかなくなっちゃうんです。で、そのまま荷物おいて走ったこともありますし、1度家へ帰って、そのまま8キロばかり走りに行ったこともあります。どこまでいっても辛くないから、やめるきっかけがないんです。

1500m走るのが非常に辛かった時代、なんで42キロも走る/走れるんだろう、と、思ったことがあります。でも、今、その理由が、とてもよく分かります。その、最初の辛い一歩を越えてしまうと、どこまででも走っていけそうな気に、なるんです。そして、やっぱり、行ける所まで行ってみたくなるんです。

たとえ、それで体を壊したとしても。

毎日10km走るのは、常人にはできないことだ、と、物の本には書いてありましたが、僕は、5kmも10kmも、違いはないと思ってます。時間が許すか許さないか。それだけの違いしかない。
ただ、運動を辛い、と、思っている人には、ある程度時間をかけて、その「20分の壁」(デッドポイント)を、1度でも越えてもらいたい。そこから先の運動は、楽、というよりも、麻薬のように幸せです。

(1999.7.7)
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最終更新日:
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